現在31歳。凡人が31年間生きてきて気付いた3つのこと

「凡人なりに幸せに生きたい(凡幸)」。日本を代表する凡人、超ド安定志向。凡幸ブロガーSetsunatoです。

ホッと一息ついてふと立ち止まってみるといつの間にか31歳。周囲からはおじさんと呼ばれる年齢に足を突っ込み始めました。

社会人として9年目になり、家庭を持ち、家を購入し(35年ローンですが…)なんとか生きてきて気付いた3つのことを書いていきます。

 

凡人が気付いた3つのこと

「凡人でも幸せになりたいと望む凡幸ブロガー」が「凡人の考えに基づいた幸せの形をみなさまに」というコンセプトで書いています故、

私の人生はもちろんその思考に基づいた人生を歩いています。

この生き方を突き詰めていった結果大きく3つのことに気付きました。

 

1.己自身が凡人であることを認める

最初からもう身も蓋もない感じになっていますがこれ真理です。はっきり言います。人生生きていけば凡人の力ではどうにもできないことなんてたくさんあります。

避けようとしても避けられない事故みたいなものもたくさんあります。

それは努力が足りない、今までの生き方がいけないとか成功者たちが言いますが、それができればみんな成功しています。

私を含めほとんどの人はそうでないから成功者に憧れ、成功者の本などが売れるのです。

では、私のような凡人が自分の力でどうにもできないことにぶち当たった時にどう対処してきたか。

 

何もしない。

 

そう何もしません。流れに身を任せます。と言っても全く何もしないわけではありません。

私にできる範囲のことは精一杯やります。しかし残念ながら凡人の力は限られています。それ以上は範囲外と割り切るのです。

何もせずに失敗していいという意味ではなく、できる範囲で手を伸ばした末の失敗なら、どうにかなるし、将来的な経験値として返ってくるということも含めて、糧になるということです。

 

物事はなるようになる。そして逆に言うとなるようにしかならない。

 

私もこれまで凡人故にたくさんの失敗を繰り返してきました。しかし、「今幸せですか?」と聞かれたら私は間違いなく「とても幸せです」と答えます。

一度人として壊れそうになった私は今でも幸せに生きています。人生なるようにできています。

 

己の力量を知り凡人であることを認める。

 

凡人が超ド安定志向で生きていくためには必要な割り切りです。

 

2.人生のやるべきタイミングを間違えない

これ本当に大切です。私は今まで生きてきた中でやるべきタイミングだけはちゃんとやってきたという自負があります。

これまでの31年間生きてきた中で、人生が変わるほどのやるべきタイミングを感じたのは3回。

 

  1. 中学受験
  2. 大学受験
  3. 社会人3年目

 

31年間生きてきて3回しかないです。ただこの人生が変わるほどのやるべきタイミングを逃すか逃さないかは本当に大切です。

別記事で書きますが、凡人にとって武器になるのは間違いなく”学力”です。というか今の社会に学力以外に凡人を図る尺度なんてありません。

そのため凡人の私の人生のやるべきタイミングも勉強に偏っています。というか正直ほとんどの日本人がやるべきタイミングです。

このタイミングを間違えないことで私は「凡人でも幸せな超ド安定志向の人生」を歩くことができています。

家庭もあるし、家も持っている。タイミングを間違わなければここまでは辿り着けます。私ができたのですから。

 

人生のやるべきタイミングを的確に把握し、やるべき時にやる。

 

超ド安定志向を目指すためには必須です。

 

3.自分自身の人生だけは代わりがいない

社会人9年目に差し掛かった私。仕事もそれなりに任されることが多くプロジェクトリーダー的な部分も出てきます。

責任がある立場で私がいないと仕事が回らないと思ったりもしますが、全くそんなことはありません。私がいなくても世界は回りますし、そしてあなたがいなくても世界は回ります。

 

しかしながら、私の人生だけは代わりがいません。

 

ん!?何この矛盾という感じですが、確かに世界から見れば私という人間の代わりなどいくらでもいます。凡人は所詮この世界のモブですから。

しかし私が主人公の物語は唯一無二であり、代わりはいません。死んだらゲームオーバーでその物語を継ぐ人はいません。つまり…

 

人生においてあなたの立場に置き換わる人はいても、

あなた自身になれる人はいません。

 

これとても重要です。先ほどの仕事の話も一緒です。私がいなくなれば私がいた立場に別の社員が来て仕事は回りますが、置き換わった人は私自身ではありません。

「じゃあ自分自身って何なの?代わりになれる人がいるのに必要なの?」というソクラテスも真っ青な問題にぶつかりそうになりますが、その問題はまた今度考察しましょう。

 

自分の物語のために生きる。

 

意外とこのこと気付かないのです。日本だけで1億人以上も人間なんていますし、所詮誰しも1億人分の1でしかないですから。

だけどこのことにやっと気付いてから、少しこの世を生きやすくなった、生きていても良いのかなと変わりました。

なにせ社会的モブが主人公になれるのなんて自分の人生だけですから。

 

まとめ

31年もの間、超ド安定思考で生きてきた凡人の私が気付いた3つのこと。

1.己自身が凡人であることを認める

2.人生のやるべきタイミングを間違えない

3.自分自身の人生だけは代わりがいない

つらつら書きましたが言い換えるとこういうことです。

1.己自身をよく知り

2.できる範囲で一生懸命あとは天に任せて

3.自分の物語のために生きる

人間死ぬときは死にます。そしてその時は徐々に来ることも、あるいは避けられない形で急に暴力的に訪れます。

死という事象はそれぞれの物語に平等に訪れますが、死のタイミングは不平等です。

せめて死ぬ時に「超ド安定思考の凡人物語最高だった」と胸を張って笑って死にたいですね。

凡人の同志たちがこれから幸せを目指す物語の手助けになれば幸いです。

 

ちなみに、社会的に私のポジションは「ここは◯◯の村です」と永遠に話す代わりがいくらでもいるモブ。

正直ルドマン(ドラゴンクエスト5)になりたいですがそれは凡人には身分不相応ですね。

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